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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1526号 判決 1977年3月11日

原告

(オハイオ州)

エリツクソン、トウール、コンパニー

右代表者

ミルトン、エル、ベンジヤミン

右訴訟代理人

小池恒明

被告

聖和機械工業株式会社

右代表者

広海新兵衛

右訴訟代理人

中嶋邦明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告がつぎの本件特許権の権利者であること、被告が別紙目録並びに図面に示す被告製品を昭和四三年頃から業として製造し、販売していることは当事者間に争いがない。

特許番号 第五一八〇八五号

特許の名称 チヤツク

出願日 昭和四〇年七月一四日

優先権主張 一九六五年四月六日(アメリカ国)四四五九一六号

出願公告日 昭和四二年一二月一一日

昭和四二―二六〇六七号

登録日 昭和四三年五月一〇日

特許請求の範囲

「カム表面を有する本件と、前記カム表面に向けて軸線方向に移動されるとき収縮するようになつたコレツトと、前記本体とねじ係合を有する前端部材と、前記前端部材に対し放射方向の間隙を有し且つ前記前端部材に対し回転できるが軸方向に固定した連結機構を形成する前端リングとを包含し、前端部材を一方向に回転したとき前記コレツトを軸線方向に移動させるため前記前端リングが前記コレツト上の傾斜面に係合できる傾斜面を有し、前記連結機構が前記前端部材と前記前端リングとの相対向する放射方向の溝によつて形成する環状軌道内に玉を内蔵するため前記前端部材と前記リングを共に軸方向に保持し且つ前記前端部材を前記前端リングに対し回転可能にし、前記環状軌道内で前記玉に僅少な放射方向と軸線方向の融通を与えるよう前記玉の直径に対して前記溝の幅と深さを定めこの融通と前記前端部材と前記前端リングとの間に存在する放射方向の間隙とによつて前記コレツトが前記前端リングを中心に位置決めできかくして前記本体に対する前記部材の偏心が前記本体内における前記コレツトの偏心にえいきようを与えないようになつたことを特徴とするチヤツク。」

第二本件特許の優先権主張日における公知例

成立に争いない乙第六、七号証によると、別紙二(オートリーブ実用新案)に表示の図面並びに左記要旨を記載した西ドイツ国実用新案第一九〇七六五五号抄録(出願人ユリウス、オルトリーブ)が昭和四〇年六月五日に日本特許資料館に受入られていること、右ドイツ国実用新案の考案の要旨は、

「締付工具、特にコレツト・チヤツク、フライス・アーバーなどを、引締面のある回転可能の加圧部材を備えている締付けナツトにより締付ける装置であつて、コレツト・チヤツク(1)の場合には締付けナツト(6)内に押し込まれているスラスト・リング(7)として、更に、フライス・アーバー(12)のブツシユ又はスペーサー(11)の場合にはリング状の内側フランジ面を有し締付けナツト(16)に外嵌装されたスラスト・リング(17)として、それらの内端に形成されている加圧部材が、一つの場合にはスラスト・リング(7)の外側曲面と、周囲を取巻いている締付けナツト(6)のシリンダー状の内面中へ推し込まれており、今一つの場合にはブレツシヤー・スリーブ(17)のフランジ面と締付けナツト(16)のリング状の前面との間へ挿入されている環状ボール・ベアリング(19)又はロール・ベアリングにより回転しうるように軸受けされていることを特徴とする」

ものであるがママ認められる。

右ドイツ実用新案にいう「締付ナツト」は本件特許発明にいう「前端部材」に該当し、前者の「スラスト・リング」は後者にいう「前端リング」に該当することが明らかである。ドイツ国実用新案一九〇七六五五号の考案では、締付ナツト(前端部材)とスラスト・リング(前端部材)が環状ボール・ベアリングによつて玉軸受連結されており、その目的が前端部材によりコレツト等を締付け、押し込む際に軸方面向への推力(引締力)がすべり摩擦により減少することを防ぐためであること、これを達するために、前端リング(スラスト・リング)を加圧部材として組み込み、スラスト・リングの外面と締付けナツトのシリンダー状内面に嵌め込まれたボール等により回転しうるような構造にしたものであり、その図面の表示によると、玉を内蔵する溝は断面円形状に示されている。

右ドイツ実用親案第一九〇七六五五号抄録(乙第七号証)の開示により、本件特許の優先権主張日には、本件特許の特許請求の範囲の記載中、玉軸受連結機構に関する部分、すなわち、「カム表面を有する本件と、前記カム表面に向けて軸線方向に移動されるとき収縮するようになつたコレツトと、前記本件とねじ係合を有する前端部材と、前記前端部材に対し回転できるが軸方向に固定した連結機構を形成する前端リングとを包含し、前記前端部材を一方向に回転したとき前記コレツトを軸線方向に移動させるため前端リングが前記コレツト上の傾斜面に係合できる傾斜面を有し、前記連結機構が前記前端部材と前記前端リングとの相対向する放射方向の溝によつて形成する環状軌道内に玉を内蔵するため前記前端部材と前記前端リングに対し回転可能にする」との部分、ならびに、玉軸受連結機構のチヤツクにおいて玉を内蔵する溝が断面円形状のものは公知であつたというべきである。

原告は、本件特許の優先権主張日に、日本国内においてドイツ国実用新案第一九〇七六五五号が公然実施された事実がないから、本件特許発明の技術的範囲の解釈にあたり、右ドイツ実用新案の内容は全く考慮すべきでないと主張するけれども、特許出願前(本件では優先権主張日前)日本国内において公然実施された技術は勿論、公然知られた技術、日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された技術はいずれも発明の新規性と相容れない事実である(特許法二九条第一項)。特許は、出願時の技術水準に立つて新規な工業的発明を対象として特許されるものであるから、特許侵害訴訟において、特許請求の範囲の解釈にあたり、出願時における技術水準を考えざるを得ないことは当然のことである。したがつて、特許権が有効に成立していることを前提とし、特許発明の技術的範囲を定めるにあたつては、特許請求の範囲の文言は、字義的にはこれに包含される技術であつても公知の技術に属するものはこれを含まない趣旨に解釈するのが妥当である。

右当裁判所の見解と異なる原告の主張は採用しない。

第三本件特許発明の課題と解釈

成立に争いない甲第二号証の本件特許公報の発明の詳細な説明に(一頁右欄二六行目以下)、「本発明の主目的の一つは、回転可能前端部材と前端リングとの間に独特の玉軸受連結を有し、その前端リングは収縮可能コレツトの外側端と係合して該コレツトをチヤツク本体又は工具軸部にあるカム表面と係合するように強いるコレツトチヤツクを提供する事である。」と記載されているけれども、右の記載は、優先権主張日当時既に存したドイツ国実用新案第一九〇七六五五号抄録による先行技術の開示を看過したものであつて、本件特許明細書には、右公知技術をも含めた技術が本件特許発明の内容なりとして開示されている。

そして図面は第1ないし8図が示されているが、第1ないし4図、第8図は溝の形状が裁頭円錐形であり、第5、6、7図は円形溝である。

本件特許の特許請求の範囲の記載はつぎの三つの事項に分析することができる。

(イ)  カム表面を有する本体と、カム表面に向けて軸線方向に移動されるとき収縮するようになつたコレツトと、本体とねじ係合を有する前端部材と、前端部材に対し回転できるが軸方向に固定した連結機構を形成する前端リングとを包含し、前端部材を一方向に回転したとき前端リングがコレツト上の傾斜面に係合できる傾斜面を有し、前記連結機構が前端部材と前端リングとの相対向する放射方向の溝によつて形成する環状軌道内に玉を内蔵するため前端部材と前端リングを共に軸方向に保持し且つ前端部材を前端リングに対し回転可能にするチヤツク。

(ロ)  前端部材と前端リングとの相対向する放射方向の溝によつて形成する環状軌道内で、玉に僅少な放射方向と軸線方向の融通を与えるよう、玉の直径に対し溝の幅と深さを定め、この融通と、前端部材と前端リングとの間に存在する放射方向の間隙を設ける。

(ハ)  右の「融通」と「間隙」とによつてコレツトが前端リングを中心に位置決めでき、かくして本体に対する前端部材の偏心が本体内におけるコレツトの偏心にえいきようを与えないようにする。

以上のうち(イ)の記載部分は既述のとおり本件特許の優先権主張日当時公知のチヤツクの構成であり、(ハ)の記載の部分は、(ロ)に記載の「融通」、「間隙」の作用効果を示しているが、それは同時に右「融通」、「間隙」の内容について機能的に特定したものと解すべきである。そうすると、本件特許の特許請求の範囲の記載を解釈すると、その記載は、公知の前記(イ)記載の玉軸受連結機構のチヤツクにおいて、(ハ)記載の機能を有する(ロ)記載のとおり「融通」と「間隙」を設けることを特徴とすることを意味していると解せられる。

右解決に対応する技術課題は、玉軸受連結機構のチヤツクにおいて、チヤツク本体の先細中心孔の中心線に対する前端部材の中心線の偏心がコレツトの偏心にえいきようを与えないようにすることであるということができる。

第四本件特許発明にいう「融通」、「間隙」について

一先行技術たる西ドイツ実用新案第一九〇七六五五号の考案には、本件特許発明にいう「融通」、「間隙」について何ら示されていない。しかし、右考案を実施するに際して玉とこれを内蔵する断面円形溝ならびに前端部材と前端リング間にいずれも制作上避けられない程度の融通、間隙が通常必然的に生じること、この種の工具において、JIS規格によるある程度の許容量が認められていることは容認すべきことであるから、右先行技術においても、この範囲の右「融通」、「間隙」は存在するものと認められるのであり、成立に争いない甲第七号証(北郷薫教授意見書)ならびに鑑定人北郷薫教授の当公廷における供述によると、前端部材と前端リングとの間に放射方向の「間隙」を与え、玉軸受軌道内で玉に僅少な放射方向と軸線方向との「融通」を与えさえすればそれ丈前端部材の偏心を吸収し調整作用に対する効果があることが認められるので、前記先行技術において意図しなくても製作上不可避的に生じる「融通」、「間隙」は、本件特許発明にいう「融通」、「間隙」と異質のものではなく、同一の効果を奏するものであることが認められるのである。なお原告は、本件特許の優先権主張の基礎たるアメリカ国特許出願第四四九一六号に基づき西ドイツ国に対しなした特許出願公開第一四七七二七九号の審査過程において、「先行技術たるドイツ実用新案第一九〇七六五五号中に示されているようなベアリングとベアリング走行面間に完全にぴつたり調和した状態を作り出すことは不可能であり、この製品許容誤差を小さくすると、製品原価が高くなるだけでなく、このようにすることは何ら利益が生じない。この引用ドイツ実用新案によつても玉と環状軌道面間に僅かのあそびが存在する……本発明は走行溝を玉直径に関し比較的大きく設け偏心防止の好ましい程度のあそびを設ける……」と主張していたことは、成立に争いない乙第一一号証の六、二によつて認め得るところである。

そうすると、本件特許発明にいう「融通」、「間隙」は、これを設ける意思なく、製作上不可避的に生じる「融通」、「間隙」の大きさと大きさにおいてどのような関係にあるかについて考えなければならない。

二本件特許明細書の発明の詳細な説明中の左記記載によると、本件特許発明にいう「融通」は、前端部材の偏心を調整するような大きさのものであり(左記(2)の記載)、前端部材の偏心がコレツトを偏心させない大きさのものであること(同(3)の記載)「間隙」は前端リングがコレツトにより複心できる大きさであること(同(4)の記載)を必要としている。

(1)  (公報二頁左欄四三行目より右欄一一行目まで)

「第三及び四図に示される如く、溝5及び6の両側面は在来加工々具を使用し得るようにアクメねじの開先角度に対応して29°の開先角度に傾斜されている。前端部材4が左へ進むように回転されると溝5の側面11は玉10と傾合(係合の誤記と認める)する事になつて軸方向の力は前端リング7の溝6の側面12と係合する玉に依つて該前端リングへ伝達される事になり、それに依つて前端リング7も対応して左へ進められる事になるけれども玉10が溝5及び6の側壁11及び12と転勤接触しているために回転を伴なう傾向はない。前端リング7の内側傘形表面14はコレツト3の対応傘形外側端部と係合しているから前端リング7の斯から左向き運動はコレツト3をその中の工具(図示せず)の軸部の周囲で収縮し得るようにチヤツク主体1の先細中心孔へ圧入する事になる。」

(2)  (同頁右欄三二行目以下三頁左欄六行目まで)

「大きく拡大された第4図に示される如く、前端部材4及び前端リング夫々にある溝5及び6は玉10の直径に対して、前端リング7と前端部材4(7と記載してあるが、全体の記載から4の誤記と認められる)との間に僅少の放射方向及び軸線方向弛みを与えそれに依つてチヤツク本体1の先細中心孔2に対する前端部材4の何等かの偏心を調整するような幅と厚さを有するものである。従つて、若しも斯かる偏心がないならば、玉10は第4図に示される実線位置にある事になつて前端部材4が相反両方向に回転されると線21及び23に沿つて前端部材4から前端リング7へ力が伝達される事になる。然し、若しも前端部材4と先細中心孔2との間に僅少な偏心があるならば、玉10は第4図に示される如く二点鎖線の位置へ寄せられ、此の場合には前端リング7が偏心方向へ押される事なしに線24及び25又は26及び27に沿うて力が伝達される事になる。此の事はコレツト3の端部が中心から外れて押される傾向を無くする。第1乃至4図に示される如き構造を以つてすればコレツト3の端から同100mm(4〃)の距離に於ける全インジケータ読み0.008mm(0.003〃)以内の高い精度が得られる。」

(3)  (同三頁左欄40行目以下右欄一五行目)

「好ましくは前記溝の側面は角に於ける変形を無くするように図示の如く截頭円錐形である。亦玉57と軌道58との間には少量の放射方向弛みが設けられて先細カム表面51に対する前端部材54の何等かの偏心がコレツト53をその外側端部に於いて偏心せしめないようになつている。」

(4)  (同三頁左欄末行から右欄一五行目まで)

「第8図は前端部材装置の変形の拡大放射方向断面図であつて此の場合には前端部材63及び前端リング64にある夫々溝61及び62は、夫々の放射方向に重なる対向両側面67と68との間に玉65の列が軸線方向に直接に押される如き風になつている。更に、コレツト69の外側端は70(円環面の一部分)に於ける如くに丸められそして前端リング64の内向き傘形端は71に於ける如く同様に丸められて均等な線接触を作りコレツト69の外側端に対する偏心負荷傾向を防ぐようになつている。前端リング64と前端部材63との間の放射方向遊隙72はコレツト69に依る前端リング64の復心を可能にし、従つてチヤツク本体1の先細中心孔2に対する前端部材63の偏心は該コレツト69の外側端部の同心性に影響を及ぼさない事になる。」

(5)  以上本件特許の明細書には、本件特許発明にいう「融通」、「間隙」の大きさについて明記していないし他にこれを明記した記載はない。

三そこで、当業者は、これをどのように理解するかについて検討する。

本件に提出されたいずれも成立に争いない書証によると、つぎの各種の意見がみられる。

(1)  オルトリーブ社の西ドイツ実用新案第一九〇七六五五号の考案についての見解

半径方向の間隙があつてはならない(甲第一〇号証)最大一〇ミクロンの間隙は許容できる(甲第一二号証)

(2)  原告が西ドイツ特許出願第一四七七二七九号につき西ドイツ特許庁に示した見解

製造許容誤差を考えると、玉と環状軌道面間にわずかの遊びが存在する(乙第一一号証の六)

(3)  北郷薫教授の見解

鋼球の精度、研削盤の工作精度による融通、間隙が存在する。その大きさは、JISに許容する精度より高い精度で製造したときの大きさであり、融通は約一三ミクロン以下、間隙は融通にいくらか余裕をプラスしたものである(甲第一三号証)。

(4)  宮武清氏の意見

工作精度による融通、間隙が存在する。その大きさは、鋼球、研削盤のJIS規格の許容値を考慮すれば、融通は一一〇ミクロン以下である(乙第一四号証)

(5)  椎名敏夫氏の意見

玉軸受連結機構にクリアランスは必要である。その大きさは、ハメアイに関するJIS規格を適用して求めることができ、融通は九ないし八五ミクロン必要である(乙第一六号証)。

このように、チヤツクが属する技術分野における専門家の見解は多岐に亘る。

四原告は、本件特許発明にいう「融通」、「間隙」の大きさが個々の製品によりその前端部材の偏心度により相対的に決まるもので、一義的に数値で示すことが困難であるから零より大きい範囲のものは総てこれを含むと主張するけれども、このように解することは、発明の意義を無視するものであつて到底採用することができない。けだし、発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(特許法二条一項)のであるから、全く意図するものではなく、通常製作上不可避的に生じる程度のものまで、発明の内容をなすと解することはできないからである。

また、原告は、本件チヤツクにおいて、「融通」については一一ミクロン、「間隙」については一五ミクロン以内の範囲で工作が可能であるから、これを超える「融通」、「間隙」はすべて本件特許発明にいう「融通」、「間隙」に該当する旨主張するけれども、その根拠に乏しく採用することができない。

したがつて、被告製品の「融通」、「間隙」がいずれも三〇ミクロンであることは当事者間に争いがないが、これをもつて、直ちに被告製品にみられる「融通」、「間隙」が本件特許発明にいうそれに該当すると断ずることはでききない。

五本件特許明細書中の前記記載によると、本件特許発明にいう「融通」、「間隙」は、前端部材の偏心の大きさを基準とし、これに等しいか、あるいはそれより僅か大きくなければならないことが認められる。そうすると、右「融通」、「間隙」の大きさを何程にするかは、本件特許明細書の教示の程度では、個々の製品につき、先ず前端部材の偏心がどの程度であるかを測定し、これを基準として決定するの外ないことになるであろう。

しかし、このようにして、本件特許発明の課題解決となるべき「融通」、「間隙」の大きさを測定することができるとしても、それが本件特許発明の解決に値する程度の効果を発揮するためには、溝の形状はこれに無関係であるとは考えられない。

そこで、つぎに、玉を内蔵すべき溝の断面形状について検討を進める。

第五玉を内蔵すべき溝の断面形状について

本件特許発明は、前端部材の中心がチヤツク本体の先細中心孔の中心に対して偏心している場合であつても、前端部材から玉を介して前端リング、更にコレツトへと推力伝達がなされる際に、前端リングとコレツト及び先細中心孔の同心性にえいきようを及ぼさないことを解決内容とするものである。

そこで、玉を内蔵する溝の断面形状と右の原理との関係について検討する。

(一)  断面が截頭円錐形あるいは軸に直交する平面の場合

本件特許の発明の詳細な説明に、前記第四の二の(1)、(2)のとおり記載されており、右記載は、成立に争いない乙第五号証(田中行雄教授「コレツトチヤツク締付リングに関する意見書」)同第一二号証(同教授鑑定書)、同第一三号証(津和秀夫教授、鑑定書)の記載に照らし、前端部材と前端リングの相対向する溝の形状が、断面載頭円錐形あるいは軸に直交する場合には、前端部材の偏心が本体内のコレツトの偏心にえいきようを与えない作用効力を有することを開示しているものと解することができる。したがつて、本件特許明細書には、この形状の溝に関しては新規な構成による特有の作用効果を有する技術思想を開示しているということができる。

(二)  断面が円形の場合

本件特許の図面の簡単な説明に、

「第5図は第3図と同様な別の欠截拡大放射方向断面図であるが、前端リングは前端部材に滑合され、前端部材及び前端リングは玉に対する相補軌道を有し、該前端リングは更にコレツトの平らな面と係合する平らな面を有して前端部材=前端リング組合せ装置間のコレツトに対する偏心がコレツトをして対応して偏心方向に位置せしめないようになつている変形を示すものである。」

と記載され、発明の詳細な説明に、

「第5図を参照すれば、前端部材30及び前端リング31は滑合連結を有し、且両者の間に円形断面の環状軌道32を郭成しその中に玉34の全数が置かれ、該玉は前端部材30にあり自縛ねじ栓36に依つて閉じられる放射方向通路35を通じて該軌道に挿入される。此の場合には前端リング31及びコレツト37は平らな相互係合面38及び39を有しているから前端部材30及び前端リングのチヤツク本体1の先細中心孔2に対する偏心はコレツト37へ伝達される。」

と記載されているが、右末尾の「伝達される」は「伝達されない」の誤記であることは当事者間に争いがない。

右第5図に示す実施例では、前端部材の偏心がコレツトの偏心にえいきようを与えないためには、前端リングとコレツト間に相互係合面38及び39が設けられているので、これにより解決されていると解すべきである。

また、前顕乙第五号証には、締付リングの軌道面に偏心を有する場合は、軸を挾玉左右両側について考えれば、一方において半径方向分力が増大すると、他方におけるそれは減少し、締付リングの偏心が半径方向の左右不均衡力を誘起することになる、すなわち半径方向の力が存在するので締付リングの偏心に敏感である旨記載されており、

鑑定人津和秀夫、同北郷薫の当公廷における各供述も力の作用の解釈は軌を一にするものであり、半円形溝と融通のある玉軸受連結部分のカの関係によつて、前端部材に偏心がある場合に、半径方向にコレツトを押そうとする力を生じることを明らかにしているが、その半径方向にコレツトを押そうとするカがコレツトの偏心に及ぼす影響の大きさ、即ち偏心吸収の効果についての評価は同じではない。

そして、右作用の説明は、玉と溝との間のあそび(余裕、融通)が存在すればその大きさの如何にかかわらず、極端な場合は除き成り立つものであることは既に述べたところである。(第四の一)。

そうすると、本件特許発明が、半円形溝の場合も含めて、先行技術のドイツ実用新案第一九〇七六五五号の考案と技術思想が異なり、本件特許発明にいう「融通」、「間隙」を設けることにより特許請求の範囲に記載の前端部材の偏心がコレツトの偏心にえいきようを与えないとの作用効果を発揮することができるというのであれば、少くとも発明の詳細な説明にその「間隙」、「融通」についてその大きさの範囲を特定すると共に、その特定による作用効果を明らかにすべきものと考えられる。

ところが、本件特許明細書には、本件特許発明における玉の半円形溝との融通と、先行技術であるオルトリーブのチヤツクに推測される「玉と半円形溝間のあそび」と比較し、融通の大きさについての構成上の差異が、具体例が示されていないため明瞭を欠く上に、その作用効果においても、本件特許明細書に半円形溝との間に融通を有する場合の玉連結機構の作用が具体的に明示されておらず、しかも当業者の明細書の記載から予想し得る作用効果が前記のように、先行技術と本件特許発明のものとで格別の相違があるとは考えられないから、結局、半円形溝に関しては、先行技術から区別し得るような新規な技術思想が本件明細書に開示されているということはできないといわなければならない。

第六本件特許発明の技術的範囲

以上検討したところによれば、本件特許発明の技術的範囲は、前端部材と前端リングとの相対向する放射方向の溝が断面載頭円錐形あるいは軸線に直交する平面であるものに限定して解釈すべく、溝が断面円形のものは含まれないと解すべきである。

第七被告製品は、その前端部材と前端リングとの相対向する放射方向の溝が断面円形で本件特許発明の技術的範囲に属しないものである。

したがつて、被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提とする本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(大江健次郎 小倉顕 北山元章)

別紙(一) 物件目録

一 名称 コレツト・チヤツク

二 図面の説明

図面は被告会社製のチヤツクであつて、第一図は一部欠截側面図、第二図は同上正面図、第三図は前端部材の一部欠截側面図、第四図は前端リングの一部欠截側面図、第五図は同上正面図である。

三 構成

図中1はチヤツク本体、2はテーパーを有する中心孔、3はコレツト、4はチヤツク本体1の外周に螺合し、回転により軸方向に移動する筒状の前端部材、5は前端部材4の内面に形成した断面半円状の内側環状溝、7は前端部材4に回動自在に嵌合する前端リング、6は前端リング7の外周に設けた、前記内側環状溝5に対向する断面半円状の対応外側溝、8は外側溝6に通ずる鋼球挿入用の通路、9は同上通路の閉栓、10は相対向する内側溝5と外側溝6により形成された断面円形の環状の軌道内に挿入された鋼球、14は前端リング内周に奥部が拡開するように形成した内側傘形表面、15は前端リング14の内側端面に形成した環状の凹入部、19は同凹入部15に嵌合するコレツト3の周端部に設けた鍔状の突起、20は前端リング7の内側傘形表面に対応するコレツト3の傾斜面、21はコレツトに並設した切溝である。

四 機能

上記構成により前端部材4と前端リング7は、鋼球10により円周方向には自由に回転するが軸心方向には結合されているので、コレツト3内に工具基軸を挿入した状態で前端部材4を回転し第一図において左方に移動させると前端リング7の内側傘形表面14がコレツト3の傾斜面20に掛合してコレツト3を傾斜した中心孔3内へ押し込み傾斜面によつてコレツトを締め付ける。又前端部材を回転して之を右方に移動させると前端リング7の凹入部15はコレット3の突起19に係合してこれを押し出し中心孔2から脱却させる。

本図は鋼球10を前端部材4の通路8から挿入し挿入後通路を9で閉塞したものである。

別紙(二) (オートリーブ実用新案)

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